第4話「明らかになる真実」

はにはに本編から1年後の10月3日(月)

 

 受験勉強が近いので、とりあえずノートは執るものの、内容はほとんど頭に入らない一日。

 弘司辺りに、心配をかけさせないようにするのが精一杯。

 もどかしいほどにゆっくり進んでいく時間。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 そして放課後。

 恭子先生の話を聞きに、保健室へ向かう。

 保奈美も茉理も、何も言わなかったけど一緒に行くことにした。

 こんこんっ

 ・・・・・。

 がららっ

恭子「いらっしゃい」

恭子「あ、そこの札を外に出して、鍵をかけてきてね」

 いつもの「準備中」の札。

 鍵までかけさせるということで、話の重大さが伝わってくる。

恭子「適当に座って」

 ・・・・・。

 適当な椅子に座り、恭子先生の言葉を待つ。

恭子「コーヒーでも飲む?」

直樹「いえ、今日は・・・」

恭子「そう」

 恭子先生も椅子に座り、一つ、ため息をついた。

恭子「まず、これからする話は、私たち以外には口外してはいけない」

恭子「そして、話の内容にいちいち話を用意して挙げられないけど、信じて欲しい」

 ・・・・・。

恭子「以上の2点、最初に了解をもらえるかしら」

 ただならぬ雰囲気があたりに漂う。

直樹「わかりました」

保奈美「はい」

茉理「はい」

直樹「まるで、恭子先生が宇宙人だったりするみたいですね」

 冗談で言ったのに、誰も笑わない。

恭子「それに・・・近いかもしれないわね」

恭子「私は、この時代の人から見て、100年後の世界から来たの」

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 ・・・・・。

 話が荒唐無稽過ぎて、冗談としか思えない。

 しかし、恭子先生の表情は・・・

 まったく冗談を言っているという顔ではなかった。

恭子「信じられないって顔ね」

直樹「まあ、それは」

恭子「でも、一応信じてもらったことにして、話を進めるわ」

直樹「はい」

恭子「私がいた時代は、あるウイルスによって人類がほぼ壊滅状態にあるの」

恭子「1年前に、渋垣がかかったウイルスと同じ物よ」

茉理「えっ」

恭子「生き残った人はごくわずか。私は、その中一人で唯一のワクチン研究者」

 言葉を失った俺を気にせず、恭子先生は話を続けた。

 頭の中で話の内容を必死に掴もうとする。

 100年後の世界では、茉理もかかったとても致死性が高いウイルスが蔓延し、人口も激減。

 そんな時代に時空転移装置が完成し、ほんの一握りの未感染者は、100年前、現代に避難した。

 ウイルスの説明は、以前にも茉理のときに聞いたものと同じ物だった。

恭子「渋垣は一度感染してるから、また同じ病気にかかることは無いはずよ」

 内容は単純だった。

 小説のあらすじとしてならすぐに理解できる。

 だが、信じるのは難しい。

 ・・・・・。

恭子「無理に信じろとは言わないわ」

 そして恭子先生自身の話が始まる。

 ウイルスに対するワクチンの研究をすすめていること。

 そして、祐介を対象に様々な臨床実験も行っていること。

 ここ1年は病状の悪化はあまり変化がなかったが、最近また悪化し始めたらしい。

恭子「今もなぜ渋垣が助かったか、分かってないわ」

恭子「それと、渋垣が1年前にカフェテリアで怪我を手当てた人物。あれが祐介よ」

茉理「そうだったんですか・・・」

直樹「じゃあ、祐介も100年後から?」

恭子「そう。本当は感染者は他の時代に飛ばさないことになってるんだけど、臨床試験にはどうしても必要なの」

直樹「俺を、祐介と間違えた美琴って、もしかして・・・」

恭子「勘がいいわね。天ヶ崎も私と同じく、100年の時を超えているわ」

 ・・・・・。

 恭子先生の話によると、祐介は美琴の弟らしい。

 確かに、あれだけ俺が祐介に似ていたら、美琴だって・・・。

 そう考えると、4月のころ、美琴が俺にとった行動もわかる気がする。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 とはいえ俺は、一気に押し寄せた情報の洪水に、半ば溺れかけていた。

 100年後?

 時空転移装置?

 ウイルスで人類ほぼ壊滅?

 挙句、美琴も未来人で、祐介はその弟?

直樹「正直、あまりついていけません」

恭子「そりゃそうよね」

恭子「ちなみに、渋垣が入院していた研究室と同じ場所に、時空転移装置もあるの」

恭子「理事長も100年後の未来から来てるんだけど・・・でも心配しないで、学園の中で私たちの時代から来た人は、ほんの数人だから」

直樹「・・・・・」

茉理「・・・・・」

保奈美「・・・・・」

恭子「少しずつ、時間をかけて理解していってくれればいいかな」

恭子「これで、私の話はおしまい」

恭子「また、質問があったら・・・こっそり聞くから。今日は解散にしましょう」

直樹「あ、はい・・・」

 とてもじゃないけど、すべてを一度に理解することはできない。

 保奈美も茉理も、俺以上にショックを受けているように見える。

 それもあたりまえか。

恭子「それじゃあね、気をつけて帰るのよ」

 ・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・・・。

 三人とも、ずっと黙っていた。

 俺に似ている奴がいる。

 最初はそれを追っていただけだったはずなのに。

 ・・・・・。

 (サイドストーリーへ)

 一時の混乱が収まってくると、今度はそれらを理解していくのが大変だった。

 ・・・・・。

 祐介は言わないで欲しいと言っていたけど、結局美琴にも話が行ったらしい。

 病室では、祐介を看病する美琴の姿が見られるようになった。

 美琴は自分も100年後の未来から来たことを俺に話し、俺はそれを冷静に受け止める。

 恭子先生に聞いていた話ではあったし、感覚が麻痺していたのかもしれない。

美琴「祐介・・・今日もあまり調子が良くないみたいなの」

直樹「美琴、あまり根を詰めるなよ」

美琴「うん、大丈夫。無理はしないから」

恭子「そう、きっとなんとかするからね」

直樹「何かあるんですか?」

恭子「ええ、ワクチンの理論的な外堀が埋まったから、これからカンヅメで実験よ」

直樹「完成間近なんですね」

美琴「本当ですか!?」

恭子「ここからが長いの。理屈じゃ分からないこともたくさんあるから」

 ・・・・・。

恭子「そうそう。保健室に多分、他の先生が来ると思うわ」

恭子「お煎餅片付けておかないとね」

 恭子先生はおどけて言ったが、その目には強く決意が宿っていた。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 恭子先生は一週間経っても、二週間経っても出てこない。

 その間の保健室には、驚いたことに、結先生が代理でいることになった。

 話を聞いてみると、結先生も美琴や恭子先生と同じく、100年後の未来から来たらしい。

直樹「そうだったんですか・・・」

結「隠していてごめんなさい」

結「でも、事情はわかってもらえますよね?」

 ・・・・・。

 俺の夢は一進一退。

 日によって、ひどくなったり良くなったりした。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 そして、さらに一週間ほど経って、恭子先生が研究室から出てきた。

 化粧も乗らず、やつれた顔。

 目の下には、見事なクマができている。

恭子「これで、とりあえず病状は落ち着くはず」

 ふらふらになりながらも、祐介に処置を施すからと言って、俺たちを追い出す恭子先生。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 その後祐介は、恭子先生の作った薬で、小康状態になったらしい。

 このまま治ってくれればいいんだろうけど。

 疲れきった恭子先生は、俺たちにはあまり多くを語らなかった。

はにはに本編から1年後の10月17日(月)

 しばらくは、あまり波風の立たない日が続いた。

 恭子先生も、保健室にいることのほうが多くなっている。

 ・・・・・。

 俺も最近、変な夢を見ることが多くなってきている。

 祐介が見ているはずの、病室の天井。

 祐介が見ていたはずの、100年後の世界。

 特に先週は、毎日のようにそんな夢を見ていた。

 そして、こういう夢を見た翌日は、必ず寝た気がしない。

 お陰で最近は、ずっとふらふらしている。

 保健室で寝かせてもらうのが、唯一の体力回復手段になっている。

恭子「最近、また調子悪いみたいね」

直樹「なんだか、祐介になったつもりの夢を見ているようで」

恭子「へぇ・・・」

直樹「そんな夢を見た日は、決まって眠いんです」

茉理「直樹、最近少し痩せたんじゃない?」

直樹「そうかな?」

保奈美「顔色も、白くなったような気がする」

直樹「気のせいだって、二人とも」

 ・・・・・。

 俺はベッドを出て、背伸びをする。

直樹「恭子先生、俺、そろそろ」

恭子「ん?」

 恭子先生は、机の上にあるモニターを覗き込む。

恭子「ごめん、ちょっとここよろしく」

 恭子先生は、時計塔の祐介の様子を見に行くという。

 俺たちに後を任せると、あっという間に保健室を出て行く。

 ・・・・・。

直樹「何かあったのかな?」

保奈美「きっとこれって祐介君の・・・」

 モニターには、俺たちが見ても意味が分からない数字が並んでいた。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 こんこん

直樹「はい・・・」

美琴「あ、久住君。美琴です」

 がららっ

 美琴が保健室に入ってくる。

美琴「久住君、大丈夫?」

直樹「ああ。みんなが授業を受けている間に、ぐっすり寝たからな」

美琴「そんな生活していたら、昼夜逆転しちゃうよ?」

直樹「そうかもしれないけど・・・本当に苦しいんだぞ」

保奈美「美琴は、向こうに祐介君のお見舞い?」

美琴「うん・・・。最近、また容態が悪くなってきたみたいで」

 ・・・・・。

 美琴によると、恭子先生にも想定外だったようで、病室は混乱しているらしい。

 今までのウイルスによる症状とは違うとか。

 というより、ウイルスが原因とは思えない、激しい頭痛のようだ。

 恭子先生も打つ手が無いらしい。

 ・・・・・。

美琴「祐介はね、実は本当の弟じゃないんだ」

保奈美「えっ」

直樹「それって・・・」

美琴「6年前・・・といっても、私がこの時代に来る6年前なんだけど」

美琴「その頃、家の前で倒れている祐介を助けて、天ヶ崎家の養子にしたの」

保奈美「・・・・・」

美琴「それから、お父さんが死んで、お母さんが死んで・・・」

美琴「それでもずっと、二人で助け合って生きてきたのに・・・ぐすっ」

 静かに嗚咽を漏らす美琴。

直樹「美琴・・・」

 ・・・・・。

 保奈美が、美琴の話を聞いているうちに青ざめているのに気づいた。

直樹「保奈美?」

茉理「保奈美さん、どうかしたんですか?」

 保奈美は、何かに弾かれたように保健室を出て行く。

直樹「美琴ごめん、留守番を頼む!」

美琴「えっ?

茉理「直樹、あたしも行くよ!」

 茉理もあとをついてくる。

 保奈美は、もうはるか先を走っている。

直樹「保奈美っ」

茉理「保奈美さんっ」

 保奈美は足を緩めることなく走っていく。

 俺たちも、必至に後をついていった。

保奈美「はぁ・・・はぁ・・・」

 恭子先生の研究室に駆け込む保奈美。

 俺も後に続こうとしたが、茉理が足を止める。

直樹「茉理?」

茉理「直樹、なるべくならあたしはこの部屋に入りたくなかったんだけどね」

直樹「茉理・・・」

茉理「でも、保奈美さんがあれだけ取り乱してるってことは、何かあるんだよね?」

直樹「そうかもしれないな」

茉理「だったら、あたしも勇気を出して入るよ」

直樹「すまない、茉理」

 俺は再びドアを開ける。

直樹「保奈美、どうしたんだ」

茉理「保奈美さん・・・」

恭子「藤枝?」

保奈美「仁科先生、野乃原先生を呼んでいただけませんか?」

 保奈美のただならぬ雰囲気に、結先生がすぐに呼び出される。

恭子「で・・・。どうしたの?」

保奈美「なおくんも茉理ちゃんも・・・一緒に聞いていたほうがいいよね」

 自分を納得させるように言う保奈美。

保奈美「6年前に、あったことです」

 保奈美は静かに語り始めた。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 神社の裏手、学園のすぐ裏には、あまり知られていないけど、見晴らしがいい場所がある。

 6年前、俺と俺の両親と保奈美の4人は、そこにお弁当を持ってお花見に来ていた。

保奈美「6年前の春、4月15日です」

結「6年前の・・・4月15日・・・」

保奈美「そこで、なおくんがそれまでの記憶を失い、両親が行方不明になる事故が起きたんです」

茉理「直樹が、記憶を失った原因・・・」

結「それって・・・」

保奈美「私も最初は何が起きたかわかりませんでした」

保奈美「でも・・・」

 学園の屋上に現れた美琴の背中に見えたもの。

 時空転移装置。

 途切れた俺の記憶。

 6年前に美琴の前に現れた祐介。

 そして今、記憶や感覚の共有が激しくなってきている二人。

結「でも・・・でも・・・・そんなことが」

 がたがたと震える結先生の体。

保奈美「その日、何かあったんじゃないんですか?」

結「ありました」

結「操作の試験稼動中、うまく動力が制御できなくて、暴走しかけました」

恭子「祐介と久住のDNAを調べてみる」

直樹「保奈美、どういうことなんんだ?」

保奈美「なおくんと祐介君が、同じ人なんじゃないってこと」

 研究室では、結先生と恭子先生、それに保奈美が話を続けている。

恭子「こっちの世界に来たのは1年半以上前になのに、何で今ごろ急に?」

保奈美「なおくんは少し前から『変な夢を見た』って言ってました」

結「もしかしたら、接触のようなきっかけがあったのかもしれませんね」

 ・・・・・。

 俺は少し他人事のように聞いていた。

恭子「6年以上の前の記憶が無いって言うのは、久住と祐介、どっちもそうみたい」

結「縦糸と横糸、データの中身とヘッダみたいに、二人が分かれて持っているのかもしれません」

保奈美「合わせれば記憶が戻るってことですか?」

結「断言はできませんが、可能性としてはあるかもしれません」

恭子「でも逆に、ここ6年分の記憶が二人分あるってことになるわ」

恭子「その部分が重複してるのを解消しようとすると、どちらかの記憶が・・・」

 ・・・・・。

 自分と祐介が同一人物だといわれても・・・。

 仮に本当にそうだったとしても、ここ6年はそれぞれ別の生活があったはずだ。

 もう別人なんじゃないのか。

 6年以上前と、ここ6年の記憶。

 どちらかを選べと言われたら・・・。

恭子「そろそろかしら」

 恭子先生が、モニターに映し出された様々なデータを読み取る」

 ・・・・・。

恭子「これは・・・」

 あわててすべてのデータを確認する恭子先生。

 ・・・・・。

直樹「どうだったんですか?」

恭子「一緒だったわ。何から何まで。兄弟や親子なんてレベルじゃない」

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 しかし、全く初めてのケースで、治療法もなにもありはしないらしい。

 そして、このまま放っておいたらどうなるか分からなかった。

 俺と祐介。

 同一人物って言われたって・・・。

 ・・・・・。

 俺は、どうしていいのかも分からず。混乱しているだけだった。

直樹「白昼夢ってやつか?」

恭子「久住、どうしたの?」

直樹「今、寝てないのに100年後の世界が見えたような・・・」

結「融合が・・・進んでいるんでしょうか」

茉理「直樹、大丈夫?」

直樹「ああ、でも・・・」

 頭痛、という感覚とは少し違う。

 頭の奥が熱い感じ。

 これが、どんどん大きくなってきている。

結「仁科先生?」

恭子「あ・・・。ご、ごめんなさい。今、祐介君がひどい頭痛にうなされてて」

恭子「それに、横にはなっているものの、眠れてないみたい・・・」

保奈美「なおくん、症状似ているね」

直樹「ああ」

結「確かにそうですね」

直樹「このまま、俺たちを放っておいたら、一体どうなるんですか?」

恭子「前例が無いから、何が起こるか分からないとしか言えないわ」

結「私も、仁科先生と同じ意見です」

結「でも、個人的な予測なら・・・」

茉理「それでいいですっ」

結「二人がバラバラの時代にいたときは、それぞれ過去の記憶をなくしていたものの、安定していたようです」

結「それが同じ時代に来て、もしかしたら接触もあったせいで、融合を始めたように見えます」

結「ここまで進んでしまうと、祐介君を100年後の世界に送り返したとしても、そのまま二人とも無事とは限りません」

茉理「・・・・・」

保奈美「・・・・・」

結「最低でも、精神的な混乱がひどくなっていくのは避けられないと思います」

恭子「最悪の場合は?」

結「最悪の場合は・・・二人とも、緩やかに異常をきたすことも」

保奈美「異常をきたすって・・・」

茉理「何か避ける方法は無いんですか!」

結「さっきも言った通り、分からないことだらけなんです・・・」

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

直樹「時空転移装置で分裂したのなら、時空転移装置で何とかなるんじゃないのかな」

恭子「何とかって言っても・・・」

保奈美「片方が立っているところに、もう片方を飛ばすとか?」

結「既に何かのある場所に転移するのは、危険だと考えられています」

茉理「じゃあ、二人をいっぺんにどこか同じところへ」

結「・・・・・」

恭子「二人で時空転移しても。着いた先では二人だったわ」

保奈美「そうですか・・・」

茉理「いい案だと思ったんだけど・・・」

 ・・・・・。

結「いえ、久住君と祐介君の場合もそうだとは限らない・・・かもしれません」

直樹「それって希望があるってことですか?」

結「何もしないよりは、というレベルですが」

恭子「失敗する可能性は?」

結「もちろん『無い』とは言えません」

結「でもそれより危険なのは、二人の記憶がこのまま残るかどうか、だと思います」

 ・・・・・。

 誰にも、何の経験も、情報も無い・・・。

 これまでの記憶がなくなるのは、一度経験している。

 そのときはあまりピンと来なかった。

 幸い、茉理の家族のお陰で生活には不自由しなかったし、クラスメイトもいろいろと気を遣ってくれた。

 そして保奈美が、俺が困らないようにと、たくさんたくさん世話を焼いてくれた。

 ・・・・・。

 でも、今は。

 無くしたくない記憶がある。

 茉理と過ごした時間。

 この1年間に起こったことを、俺は忘れたくない。

 せっかく茉理が助かったのに、今度は俺が・・・。

 ・・・・・。

 ただ、何もしないでいても、結先生の言う通り混乱がひどくなっていくだけだろう。

 何か行動を起こしたほうがいいのかもしれない。

 でも・・・。

茉理「直樹・・・」

直樹「一晩だけ、考えさせてください」

直樹「あと、祐介の意思も確認しないといけないですよね」

恭子「そうね、話ができるときを見計らって、聞いておくわ」

恭子「だから久住も、しっかり考えて、結論を出して・・・」

結「私には『どうしろ』と意見を言うことはできませんし、言う資格も無いですから」

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 重い沈黙。

 俺自身はあまり責めるつもりは無かったけど。

 結先生は、事故の責任を感じて、自分を激しく責めているように見える。

直樹「それじゃ、また明日・・・答えを考えてきますね」

茉理「あたしも、失礼します・・・保奈美さん」

保奈美「うん・・・失礼します」

直樹「失礼します」

 ・・・・・。

 ずっと一緒に生活してきた俺が、いなくなってしまうかもしれない。

 そんな不安に押しつぶされそうな茉理。

 保奈美も同じ思いを抱いていたのか、それに耐え切れずに先に帰ってしまった。

 俺も茉理も、その繋いだ手が離されるのを恐れるように、ぎゅっと指を絡めたまま家路を辿った。

茉理「せっかくあたしの病気が治ったのに・・・こんなことならもっともっと一緒にいれば良かったね」

直樹「ああ」

茉理「このままずっと、直樹と手を繋いでいられるんだと思ってた」

直樹「・・・・・」

直樹「とりあえず、家に入ろう」

茉理「うん」

 俺たちはリビングに入った。

茉理「覚えててくれるよね、ねっ」

直樹「ああ、きっと、覚えてる」

直樹「きっと」

茉理「忘れちゃ・・・やだよ・・・」

 茉理が目を閉じて、顔を寄せてくる。

 俺たちは長い間、キスを交わしていた。

 ・・・・・。

 渋垣家の中を歩く。

 玄関。

 リビング。

 廊下。

 茉理の部屋。

 自分の部屋。

 どれもこれも、無くしたくない大切な思い出の詰まった場所だ。

 その一つ一つを、細部まで記憶に留めるようにして、じっくり瞼に焼き付けていく。

 自分の部屋に戻ったとき、馬鹿みたいに、本当に馬鹿みたいに軽い曲の着メロが流れる。

直樹「あ、ははっ」

 あまりに似合わない音に、思わず吹き出してしまう俺。

 液晶を見ると、恭子先生からだった。

直樹「はい」

恭子「久住、今大丈夫?」

直樹「ええ。何かありましたか?」

 ・・・・・もしかしたら。

 たった今、何か重大な問題が起きて、決行が伸びるんじゃないか?

 そんな思いが、瞬間的に頭を駆け巡る。

 もちろんそんなことは無かったけど。

恭子「決断の材料になるかと思って」

恭子「祐介も転移に了解したわ」

 ・・・・・。

直樹「わかりました」

直樹「それじゃあ明日、よろしくお願いします」

恭子「決めたのね」

直樹「ええ」

恭子「じゃあ、早速準備を始めておくわ」

恭子「いいわね?」

直樹「はい」

 ・・・・・。

 やがて渋垣夫妻が帰ってきて、夕食の時間になる。

 平静を装っているものの、俺と茉理はお互いに目を合わせることができなかった。

 ・・・・・。

 それでも、自分の部屋に戻るときに茉理にしゃべりかけた。

直樹「茉理・・・」

 茉理は何も言わずに自分の部屋の前で立ち止まる。

 顔はドアのほうに向けたままだ。

直樹「放っておくとまた寝坊するから、起こしに来てくれよ」

直樹「いつも通りに・・・」

茉理「うん・・・」

直樹「じゃあ、お休み・・・」

 俺は自分のベッドで横になった。

 目を瞑って思い出す。

 夕食のとき、みんな笑っていた。

 あの幸せな光景を、しっかりと頭に刻んでおこう。

 そうして俺は眠りについた。

 

第4話を書き終えて

 この第4話はかなり苦労しました。保奈美エンドに茉理がいて、しかも保奈美とではなく茉理と結ばれている。この部分をどのように置き換えるかが思いっきり悩みました。その結果、かなり強引な展開になってしまったと思います。反省すべきですね。2話、3話でも書いた通り、私に表現力がないせいですね。それでも、第5話はちょっと違う展開を考えています。うまく表現できればいいですが・・・。

 ちなみに、この第4話では、一部本編でおかしいところを修正しています。それは「研究室では、結先生と恭子先生、それに保奈美が話を続けている。」という部分です。これが、本編だと「保健室では、結先生と恭子先生、それに保奈美が話を続けている。」になっています。この時点では既に保奈美は研究室に駆け込んでいるはず。なのに「保健室」となっています。もう一度ほなみんエンドをプレイすれば分かると思います。

 そして、もう一つ。直樹が記憶を失った日は、アニメと同じ4月15日にしてあります。特に理由はないですが(爆)。

 あと、Hシーンはカットさせていただきました。Hが目的のアフターストーリーではないですし、第一に私に経験が無いので(泣)。さすがにHシーンまで保奈美と同じにするわけにもいかないですし。

 さて、次は第5話。この話は、前半は本編を参考にしますが、後半はオリジナルで作っていく予定です。変な感じにならないように気をつけたいです。それでは第5話へどうぞ。

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