第5話「保奈美」

はにはに本編から1年後の10月18日(火)

 

 カーテン越しに外の天気を想像する。

 この暗さは、今にも雨が降りそうな天気。

 時計を見る。

 いつもなら、もうそろそろ茉理が起こしに来る時間だ。

 俺は、寝たふりをして迎えることにした。

 起こしに来るのが保奈美から茉理に変わった今でも、茉理が来た時間には、寝てたことが一番多かったと思うから。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 がちゃ

茉理「おはよう、直樹」

直樹「うーん、あと5分」

茉理「おはよう、直樹」

直樹「あと3分だけ」

茉理「早く、起きないと・・・」

直樹「・・・・・」

茉理「ち、遅刻・・・する、よ・・・」

直樹「こら、茉理。湿っぽいのはナシだ」

茉理「ん・・・ご、ごめんね」

直樹「これから俺は、トーストをくわえながら、寝癖を直しながら、着替えるから」

直樹「その間に復活しとけよ」

茉理「うん」

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

 わざと、駆け抜けるように家を出る。

 いつもの道。

 これからも続くものと信じて。

 その一歩一歩を踏みしめるように歩く。

 何度も遅刻寸前で駆け抜けた校門。

 春は花びらで埋まる並木道を、ゆっくり上る。

 そして、時計塔の下。

 昇降口へ行く茉理とは、ここで別れることになる。

 俺はこのまま理事長室へ向かう。

 もしかしたら、これで茉理とは・・・

茉理「直樹」

直樹「どうした、茉理」

茉理「・・・・・」

茉理「ううん、なんでもないっ」

茉理「直樹が戻ってくることを祈って、待ってるからね」

直樹「ああ」

 俺は、時空転移装置がある時計台の扉を開けた。

 目の前に、祐介が立っている。

祐介「よう」

直樹「よう」

祐介「融合することにしたんだってな」

直樹「お前こそ」

祐介「記憶が残るといいな」

直樹「ああ、6年以上の前の記憶も、きっと何とかなるさ」

祐介「そう上手くいくか?」

直樹「いく・・・と信じるしかないだろ」

祐介「まあ、そりゃそうだ」

直樹・祐介「・・・・・あっ」

 ・・・・・。

 俺と祐介が分裂してから6年半。

 その間に祐介が経験してきたこと、知識、周りの人との関係。

 一気にそれらが頭の中に流れ込んできた。

 100年後の世界。

 記憶も無く、右も左も分からない祐介。

 そんな祐介の面倒を見てくれた美琴。

 世話になった天ヶ崎家、美琴の両親。

 ・・・・・。

 そして、ウイルスによって崩壊していく世界。

 祐介と美琴を残して倒れていく、美琴の父さん、母さん。

 泣いている美琴。

 残された二人。

 ・・・・・。

 ついに祐介にも感染するウイルス。

 美琴は、時空転移装置の存在を教えられ、100年前への避難を進められるが・・・・・断った。

 それが自分のせいなんじゃないかと、悩む祐介。

 そこに、臨床試験のための被験者にならないか、という話が来る。

 心配させないように「いい病院が見つかった」と嘘を言い、美琴の元を離れる祐介。

 臨床試験を行うのは恭子先生。

 臨床試験が行われるのは蓮美台学園。

 ・・・・・。

 失敗の連続の臨床試験。

 徐々に自分を失っていく恐怖。

 止められない狂気。

 記憶の混乱。

 感覚の共有。

 そして・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

祐介「いろいろあったけど、こっちはこっちで何とかやってたよ」

直樹「こっちもだ」

祐介「記憶は共有するとして、人格はどっちが残るんだろうな」

直樹「まあ、どっちも俺だし、変わらないさ」

祐介「そうだな」

 ・・・・・。

 そして

 光に包まれる。

 ゆっくりと瞼を開く。

 ここはどこだろう。

 そして自分は誰なんだろう。

 必死に何かを話し掛けてくる周りの人。

 特に茉理。

 ・・・・・茉理?

直樹「あ・・・・・ま・・・・・つり?」

茉理「な・・・・・」

茉理「なお・・・・・・き?」

直樹「ああ」

直樹「何だか・・・・・」

直樹「とてもよく寝たような気がする」

 ・・・・・・どさっ・・・・・

茉理「直樹、よかった、よかったね・・・・・っ!」

 俺の首が折れそうなくらいに、思いっきり抱きついてくる。

茉理「ああぁ・・・・・直樹だ・・・・っうぅぅ・・・・ぐすっ」

 周りの目もはばからずに、嬉し泣きしている茉理。

直樹「泣くなよ、茉理」

茉理「それ、あたしがここで目を覚ましたときに直樹に言った台詞だよ」

直樹「はは、そうだったな」

 俺は、茉理の背中を、ぽんぽんっとやさしく叩いた。

 この腕の中に。

 また茉理を抱ける喜びが・・・体温とともにじわっと胸に広がる。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・。

直樹「・・・・・で、今は何年の何月何日?」

 優しい目で、出来の悪い従兄をたしなめるように見つめてくる茉理。

 その瞳には、度とても複雑な思いを湛えた色が宿っていた。

茉理「直樹が倒れてから、一晩しか経ってないよ・・・」

茉理「でもね、あたしはその一晩、胸が潰れそうなくらいに心配してたんだから」

 茉理が、俺の頭をほんの少しだけ強く抱き締める。

茉理「それこそ、100年経ったような気がするくらい」

 こうして、俺は無事に記憶を取り戻した。

 ・・・・・。

 しかし、その夜・・・。

 俺は、ベッドの中で眠りに着く前に、取り戻した記憶を思い出していた。

 いろいろな懐かしい記憶が戻ってくるのだが、一つ気になることが出てきた。

 俺は茉理の部屋に向かう。

 こんこんっ

直樹「茉理?起きてるか?」

茉理「うん、起きてるよ」

直樹「入っていいか?」

茉理「いいよ」

 がちゃっ

 茉理は勉強机の椅子に腰掛けていた。

茉理「どうしたの?」

直樹「ちょっと言いにくいんだが・・・実は・・・」

 ・・・・・。

茉理「えっ・・・」

 ・・・・・。

はにはに本編から1年後の10月19日(水)

 いつもの放課後。

 俺はやっと保奈美に声をかけることができた。

直樹「保奈美」

 一瞬、体をびくっとさせる保奈美。

直樹「一緒に帰らないか?」

 何事も無かったように、いつもどおり振り返る保奈美。

保奈美「いいけど、茉理ちゃんは?」

直樹「早速今日からいつもどおりカフェテリアだってさ」

保奈美「なおくんはいいの?」

直樹「ああ、今日は保奈美と話がしたい」

 そして、俺たちはいつものように家路を辿る。

直樹「今日の俺、いつものように見えた?」

保奈美「えっ?」

直樹「実は俺、祐介と融合したんだ」

保奈美「そ、そうなんだ。それで一昨日と昨日休んでたんだね」

直樹「ああ、で、無事6年より前の記憶も取り戻せたんだ」

 ふいに保奈美の足が止まる。

 振り返ると、信じられないといった表情で俺を見ている。

保奈美「じゃ、じゃあ、あの事故のときのことも・・・」

直樹「ああ。しっかりと」

 再び歩き出す。

直樹「それで、一つ思い出したことがあるんだ」

保奈美「どんなこと?」

直樹「少し言いにくいんだけど」

 いつのまにか、渋垣家までたどり着いていた。

直樹「俺、保奈美のことがずっと好きだったんだ。小さい頃からずっと」

保奈美「ええっ」

保奈美「で、でも、なおくんには茉理ちゃんが・・・」

直樹「ああ、今の俺には茉理がいる」

直樹「記憶を無くしていたとはいえ、今までたくさん世話をしてくれたのに、保奈美を選んでやれなかった」

直樹「だから、感謝の意味をこめて今日は保奈美を家まで送っていきたい」

保奈美「ありがとう、なおくん」

 そして、俺たちは保奈美の家の方向に歩き出した。

 いつもなら、歩いて3分、走って1分の距離が、今日はやけに長いような気がした。

 それもそのはずで。

 俺たちは、馬鹿みたいにものすごく遅い速度で歩いている。

 俺を起こすのが茉理に変わる前、保奈美が5年間、俺を起こしに来てくれた道。

 晴れの日も雨の日も。

 暑い日も寒い日も。

 この道はそんな道だ。

 ・・・・・。

 保奈美は、5年間、どんな思いでここを歩いたんだろう。

 そして俺の記憶がもどったことを聞いた今、どんな思いでここを歩いているんだろう。

 ・・・・・。

 当たり前だけど、一歩ごとに保奈美の家が近づく。

 既にかなり遅い歩みは、これ以上無いくらいに遅くなっていたけど。

 俺たちは、保奈美の家の前に着く。

 俺は、玄関の前に保奈美を立たせる。

直樹「保奈美、今まで本当にありがとうな」

直樹「でも、俺は保奈美を選んでやれなかった」

保奈美「ううん、相手が茉理ちゃんなんだもん。仕方ないよ」

直樹「だからせめて・・・・・」

保奈美「えっ・・・・」

 俺は保奈美の不意をついて唇を重ねた。

保奈美「ん・・・・・」

 保奈美との、最初で最後のキス。

 今までの感謝を込めて・・・。

 長いキスのあと、唇を離すと保奈美は一筋の涙をこぼしていた。

保奈美「なおくん・・・」

直樹「これが俺の、保奈美を選んでやれなかった謝罪の気持ちと、今まで世話を焼いてくれた保奈美への精一杯の感謝の仕方だ」

保奈美「ありがとう、なおくん、ありがとう」

 保奈美は、俺の胸に寄りかかって泣き始めた。

 俺は、そんな保奈美の頭をなでてやった。

保奈美「私のファーストキスは、なおくんに奪って欲しかったから、本当にうれしい」

直樹「こんな形で本当にすまない」

保奈美「ううん、これで十分だよ」

直樹「ありがとう、保奈美」

保奈美「でも、こんなことしちゃって、茉理ちゃんに怒られないかな?」

直樹「大丈夫だろ。俺と保奈美を一番近くで見てきたのがあいつなんだから」

保奈美「そうだね」

 保奈美が顔をあげる。

直樹「じゃあ、そろそろ」

 保奈美と体を離す。

直樹「これからも今まで通りよろしくな」

保奈美「うん、これからもよろしくね、なおくん」

 俺と保奈美は握手をした。

直樹「また明日な」

保奈美「おやすみ、なおくん」

 保奈美は別れを告げて家に入る。

 これで、俺は保奈美との区切りがつけたと思った。

 ・・・・・。

 夜遅くなって、茉理が帰ってきた。

直樹「よう、お帰り。遅かったな」

茉理「あ、直樹。ただいまー。ちょっと着替えてくるね」

 茉理はそのまま自分の部屋に上がっていった。

 しばらくして部屋着に着替えた茉理がリビングに入ってきた。

茉理「でも、夕べは驚いたなぁ」

茉理「いきなり『俺は保奈美のことが好きだった』だもん」

直樹「ああ、すまなかったな」

直樹「そのことで、今日保奈美に感謝の気持ちを伝えてきた」

茉理「そりゃ当然よね。5年間も直樹の世話を見てきたんだもん」

直樹「ははは・・・」

 俺は苦笑いを返すことしかできなかった。

直樹「やっとこれで保奈美のことも区切りがついた。これからは茉理一筋でいけるよ」

茉理「直樹・・・」

 茉理は顔を赤らめていた。

直樹「改めてよろしくな、茉理」

茉理「うん♪」

 ・・・・・。

 次の日、保奈美の中でも区切りがついたのか、保奈美も加わっていつもどおり3人で登校した。

 右少し前に茉理、左少し後ろに保奈美。

 いつもの定位置。

 そんないつもの登校でも、一歩一歩を踏みしめて歩いた。

 いつまでも、こんな幸せな日々が続くことを願って・・・。

 

第5話を書き終えて

 前半は4話でも書いた通り、保奈美エンドの茉理置き換えです。祐介との融合中の保奈美の回想シーンは、茉理は見ていないのでカットしました。大分味気の無いものになっているような気がしてならないのですが。後半は私なりに書いてみました。かなりの賛否両論はありそうですが、まあこれも一つのエンディングとして許しください。

 次はエピローグ。もちろん茉理と・・・。

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